アドラー心理学で一緒に考えてみませんか

アドラー心理学カウンセラーの鍵野が気になったことのあれやこれやを綴ります

嘘つきの話

こんにちは、鍵野です。
ダイハツさん、自ら招いたこととはいえ、大変そうですね。大分の経済にも大きな影響がありそうです。たくさんの会社が社長さんが従業員さんがそのご家族さんが、この大きな会社のサプライチェーンに組み込まれていますもんね。そして、これはそのたくさんの会社にお金を貸している金融機関にとっても大変な事態で、また、その金融機関と民間企業をサポートする経済産業省中小企業庁にとっても大変な事態ではあって、そこからの要請で、経営改善、事業再生のお手伝いをすることがある鍵野にとっても、注目すべき事態です。鍵野の住む佐伯は中津からは遠いし、大分県にもたくさんの優秀な中小企業診断士さんがいらっしゃるので、自分にまで関連した仕事の依頼が来ることはないだろうと思っていますが、みなさんなんとか乗り越えていけるよう願っています。


ずいぶん前ですが豊田市にあるダイハツの親会社のトヨタの工場を見学したことがあります。トヨタ式生産方式、いわゆる看板システムが動いているところを見せてもらいました。見学中に、実際にアンドンが引かれて生産ラインがほんの少しの時間ではありましたがストップするところも見ることができました。おーっ、本当に止まるんだね、と、生産ラインの従業員にしっかり権限があることに感心したのを覚えています。中津の工場にアンドンはあったのかなぁ…あっても決して引いてはいけないものだったら意味ないけども。


やっぱり「急がば回れ」だと思います。目先のことを誤魔化すと、結局そのツケが何倍何十倍何百倍にもなって返ってきてしまうんですよね。嘘をつくと、嘘に嘘を重ねることになって、なんとかつじつまを合わせようとするために、いろんなことを覚えておかなければならないし、何か聞かれる度に緊張するし、どうせそのうちつじつまが合わなくなるし、これほど損することはないと思います。人は必ず間違いますが、間違いに気づいたら修正すればいいし、それで迷惑をかけたら謝ればいいし、不完全でいる勇気(これ、アドラー先生の弟子のドライカース先生の言葉です)さえあれば嘘をつかないで暮らすことはできます。


かく言う鍵野も、いろんな誤魔化しをしてきました。すぐバレる幼稚な嘘から、もう少し高度な(笑)やつまで、いろいろやってきましたけど、でも、結局誤魔化しきれないというか…だって、自分は知ってますから(笑)。それで、いつからだったか忘れましたけど、嘘はやめることにしました。そしたら、とっても楽になりましね。「あのときはこう言ったから…この人にはこう言わないと」なぁんて苦労をしなくて済むようになったので(笑)。余計なメモリ領域を解放できたので、頭の処理速度も上がった気がします。


それで、「嘘はついてない」と思っていたんですけれど、アドラー心理学に出会ってしまって(笑)、嘘ばっかりついていることに気づいてしまいました。ただし、この嘘は意識的ではなくて無意識的なもので、その嘘があるおかげで、なんとかやってこれたというような類の嘘です。具体的に言えば、「あいつが自分を怒らせている」「あいつのせいでこんなことになったんだ」「世の中が悪い」「自分ばっかりなんで」とか、そんなような類の嘘です。本当は全部自分が決めて行動している(個人の主体性)というアドラー心理学の教えに頷いたとき、とってもスッキリしました。もちろん、外の世界、他の人との縁があって起きている現象なので、関係はあるんですが、自分が経験したことの原因ではないんですよね、それは。個人の目的に向かって、個人の主観で意味づけて、個人が主体的に決断して行動した結果なんですよね。


それで、もう嘘は完全になくなったかと言えば、実は、その個人の意味づけ事態が嘘だった、仮想に過ぎないというのがアドラー心理学なんですね。何度か書いてますが、人はその人ユニークな人生の法則「ライフスタイル」に従って生きているとアドラー心理学では考えます。人は、ある事態に「あっこれは緊急事態だ、すぐ対処しなくては!」と陰性感情(怒り、悲しみ、後悔など)を自ら生み出して弾みをつけて、事態をよい方向に変えようとして行動しますが、その事態は客観的に誰にとっても緊急事態、対処しなければならない事態ではないんですね。もちろん、同じ文化圏の人は、その事態への評価が、共通感覚と言いますが、かなりの程度重なる部分もありますが、それでも一人ひとり微妙に異なります。ましてや、対処の仕方なんて、千差万別です。で、対処して目指す先、理想とする状態も、一人ひとりユニークで、全然違うんです。

 

だから、ライフスタイル自体、嘘ではあるんですが、これはもうしょうがない。人間である以上、死ぬまで何か目的をもって行動し続けます。その目的をもたらすのがライフスタイルですから、やめちゃうわけにはいかないんですね。違う嘘、違うライフスタイルに変えることはできるかもしれないけども(仏道修行が完成すれば、理屈からするとライフスタイルがなくても生きられそうですが、これは経験してないのでわかりません(笑))。


じゃぁ、アドラー心理学は何をしているのかといえば、嘘に嘘を重ねるお手伝い(笑)ではなく、どうせ嘘をつくなら、自分にも他人にも迷惑の少ない嘘、お互いを慈しみあえる嘘、協力して暮らせるようになる嘘にしませんかという提案なんですね。だから、ある意味、アドラー心理学カウンセリングなんて、上手な嘘つきの訓練をしているだけかもしれません(笑)。腕のいいカウンセラーは、上手に嘘を教えられる、大噓つきということかも(笑)。


仏教では嘘は殺人よりも罪が重いということになっています。嘘をつけるとなんでもできてしまうからですね。でも、仏教のモラルで大事なのは意志があったかないかなんですね。例えば、知らないうちに虫さんを踏みつけてしまった、殺してしまったというとき、「殺そう」という意志はなかったので、しょうがない、罪にはならないんですね。でも、蚊が飛んできて、迷惑だから「殺してやる」とパチンとつぶしてしまうと、これは明確に殺意があってやっているので罪になります(悪果が返ってきます)。ということで、アドラー心理学のライフスタイルの嘘は生きている以上、しょうがない部類のものなので、仏教的には罪にはならないと思います。でも、殺意とか害意はそれ自体悪行為なので、そういう意志を持たないで済むライフスタイルへと成長していく方が、いいよなぁ、まぁそれも嘘だけど、とは思っています。


読んでいただきありがとうございます。
みなさまどうぞ今日もよい一日をお過ごしください。

生きとし生けるものが幸せでありますように。