アドラー心理学で一緒に考えてみませんか

アドラー心理学カウンセラーの鍵野が気になったことのあれやこれやを綴ります

相談の四段階:帰省編

こんばんは、鍵野です。
お盆で帰省されていた方は、そろそろいつもの暮らしのペースを取り戻された頃でしょうか。
次はお正月ですかね、故郷に帰るのは。


鍵野も子どもの頃は、今住んでいる家のすぐ近くの母方の祖父母の家(今は3代目になるいとこ夫婦の家ですが)に、夏休みの度に帰って(でいいのかな?)ました。母は十人きょうだいの下から2番目で、それぞれ子どもが複数いましたから、祖父母の家は、おじさんやおばさんにいとこたちが集まって、一つ屋根の下に、二十人とかはいたかもしれません。お寺で広かったのでできたことだと思いますが、蚊帳を吊ってみんなで寝て、長テーブルをつなげてみんなでご飯を食べて、いつも賑やかで楽しかったのを覚えています。


海でたっぷり泳いで塩でべとついた身体のまま、滝で泳いで塩を落として、水が冷たいので身体が冷えてきたら、おばあちゃんの家に(おじいちゃんの家とは思ってませんでした(笑))戻って、外からそのまま入れる五右衛門風呂で温まってさっぱりしたのも懐かしい思い出です。


浄土真宗のお寺なので、住職だった祖父の音頭で、毎朝いとこたちみんなと一緒に正座して正信偈を上げるのが日課でした。門前の小僧…ではないですが、正信偈は気づいたら暗唱していました。お経の意味もなんでするのかもわからないんですが、まったく疑問にも思わず、みんなと一緒に声をそろえてのお勤めは、いいことしてるというか、嬉しかったですね(今は、朝と夜にテーラワーダの短いお経を上げて?ますが(笑))。


それで、今はその、昔帰っていたところ(のすぐ近く)に住んでいるので、帰省する人を迎える方の視点になるんですが、あれ、大変ですよね。寝具の用意に食事の用意だけでも、すごく大変だなぁと。今の鍵野に関して言えば、息子が一人帰ってくるだけなので、どうってことないんですが、それこそ鍵野の子どもの頃、あんなに何十人も人が増えての暮らしになるわけですから、おばあちゃんはさぞ大変だったろうなぁと。ただただ可愛がってもらった記憶しかなくて、とっても優しくていつもニコニコしていたおばあちゃんでしたが、子どもたちの知らないところで、そのために費やしてくれた労力たるや凄かったろうなと、思います。もちろん、一緒に帰省していた母や伯母も加勢していたはずですが、それも含めて本当にありがたいことだったなぁと感謝しています。


それで思うんですが、「〇△日から×□日まで帰ります」「はい、楽しみに待ってるよ」という風に、都会で暮らしている方の都合で帰省スケジュールが決まることが多いのかなぁという気がします。でも、ですね、受け入れ側には受け入れ側の都合もあるはずですよね。


なんか先入観というか、田舎の人は暇だと思い込んでいるわけでもないでしょうけれど、田舎は田舎でいろんなイベントごともあるし、人によっては特に人付き合いが濃密な面もあるので、受け入れ側の都合をしっかり確認して欲しいなぁと思います。受け入れ側が現役世代でなくても、本当に、母なんかを見てると、明らかに私より毎日忙しくしています(笑)。あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、あそこの草むしりをしてたと思えばこちらの墓掃除をしてるし、畑の手入れに、グランドゴルフ、茶話会もあれば、お寺の行事もある…などなど、よくやってるなぁと感心します、まぁ好きなんでしょうけど(笑)。


それで、いろいろ予定があったり、年齢的体力的にきつかったり、いろんな事情があるけれど、「〇△日から×□日まで帰ります」と言われてしまうと、断りにくい人も多いのかなと思います。やり繰りしようと思えばできないことはないし、年に一回とか二回のことだし…と無理に引き受けてしまうこともあるのかなと。でも、無理をするとどこかにやっぱりしわ寄せがいきます。「悪いあの人、かわいそうな私」モードになって、帰って来た人を恨みに思うこともあるかもしれません。そうなったらもったいないですよね。帰ってきたかったのは、そこが好きでその人が好きだからでしょうにね。帰ってよかった、帰って来てもらってよかった、また来るよ、また来てね、で終わりたいですよね、どうせなら。


なので、ここからアドラー心理学の話になるのですが、「帰省」というイベントに限らず、人と人が協力して事に当たるためには、「相談」が不可欠です。


アドラー心理学の考える「相談」は、相互尊敬、相互信頼、協力、目標の一致という四段階があって初めて成立します。


まず、「相互尊敬」ですが、互いに先入観を廃して、対等の人間として、しっかり相手を見直してみましょうという意味です。リスペクトですね。例えば、「おばあちゃんってこういう人だ」「娘ってこういう人だ」という昔のイメージからの思い込みはやめて、今のその人を理解しようとする態度ですね。


次に、「相互信頼」ですが、互いに相手には基本的に自分の問題を解決する力があると信頼することです。こっちがしてあげないとできない人だというように相手を見くびらないことです。例えば、「毎日食事を用意しないと困るに違いない」という思い込みはやめて、一食や二食、一日や二日、こちらが食事を用意できなくても自分たちでなんとかする力はあるはず、と相手を信頼する態度ですね。


そして「協力」ですが、これは一緒に作戦を立てて一緒に実行するという意味です。どちらかが一方的に作戦を立てるのでも実行するのでもなく、どちらも互いに協力して行うということです。例えば、「〇日と△日は、用事があって食事の用意もできないし、帰りも遅くなるし泊まってもらうのも難しそう。どうしましょうか?」と、作戦(帰省の日程)から一緒に考え直すこととかですね。


それでようやく「目標の一致」ですね。何を目標にするのか、いちいち擦り合わせることです。なんかズレたかもと思ったら、面倒がらずに確認して「目標の一致」を取り直すことです。例えば、「孫の顔を見せる」/「孫に会う」のが目的であれば、必ずしも泊まらなくても/泊まってもらわなくてもいいかもしれないし、ついでに「観光をしたい」のであれば、観光地の旅館に泊まってもらった方がいいかもしれないし、とかですね。いったん思い込みの前提を外して、何が互いの目的なのか、一致するところを話し合って、丁寧に見出すことです。


この、「相互尊敬、相互信頼、協力、目標の一致」という相談の四段階をしっかり意識して相談できれば、あなたがモヤモヤ悩んでいるかもしれないかなりの問題が解決すると思います。


じつは、アドラー心理学のカウンセリングも、この「相互尊敬、相互信頼、協力、目標の一致」をやってるんです。これさえできれば、きっとあなたもカウンセラーになれる…かも(笑)。


親しき中にも礼儀あり、ぜひ、事あるごとに、「帰省」で言うならば、帰省先の家族、親戚ともしっかり相談して、せっかくの縁を活かして、末永く仲良く暮らしていきたいですね。


読んでいただきありがとうございます。

みなさまどうぞよい夜をお過ごしください。


生きとし生けるものが幸せでありますように。