アドラー心理学で一緒に考えてみませんか

アドラー心理学カウンセラーの鍵野が気になったことのあれやこれやを綴ります

アドラー心理学の供給者って

こんばんは、鍵野です。
いろいろと立て込んだ年度末が終わりに近づいて、来週からはもう4月、新年度ですね。個人事業主なので会計年度は1月~12月なのですが、学校も会社もそうだったし、やはり新年度は4月に始まる感覚が強いですね。


秋から割と忙しかった仕事が一区切りついて、しばらくのんびり過ごせそうで、そんなにプレシャーがあったわけでもないのですが、それでもホッとしている感じはあります。季節労働者というか、ピークとボトムの差が激しくて、もうそんなにピークはいらないので、ボトムよりちょい上あたりで推移してくれるといいなぁなんて思っています。まぁこれといった営業をしているわけでもなく、完全に待ちのスタイルでやっているので、そのときそのときの流れに逆らわずに、一方的には流されない程度の竿裁きはしながら、一喜一憂せず気づきを入れてやっていこうとは思っています。


それで、そんな年度末をなんとかくぐり抜けた自分へのご褒美という意味も込めながら、今週末、久しぶりに野田俊作顕彰財団(AIJ)の先生方からアドラー心理学を学びに出かけます。アドラー心理学のメッカ?、滋賀県大津市まで、今回から始まる、AIJとしては新しいプログラムとなる事例検討会とオープンカウンセリングに参加します。とっても楽しみです。


仕事としてカウンセリングを始めてから、ただ自分が学びたいという理由だけじゃなくて、それだけの時間とお金をかけて学ぶものが、お客さんに、他の人に還元できるものかどうかという基準で、厳選するようになって、もちろん稼ぎとのバランスも考えて、今回のはぜひ参加したい、参加しようということになったのでした。


じつは、大津では3日間、初日の夕方から「事例検討会」、次の日が「カウンセリング講座」、そして最終日に「オープンカウンセリング」と予定が組まれていて、どうせ旅費を使うのであれば、2日目の「カウンセリング講座」も参加しようかなとも思ったのですが、よく考えてやっぱり2日目は参加せず、京都で開催されるあるライブパフォーマンス(無言劇)を観に行くことにしました。


というのもですね、「カウンセリング講座」というのは、「エピソード分析」によるカウンセリング実習が行われる講座で、自分でカウンセラー役として実習したり、クライエント役になったり、あるいはそれを見学することで、「エピソード分析」によるアドラー心理学カウンセリングを学ぶ講座です。先生方のカウンセリングのデモもあったり、実習内容に関するコメント、アドバイスがあって、アドラー心理学のカウンセリングを学びたい人にとって、大変ためになる講座です。…というか、参加必須の講座です。


それで、これまでは2日間のプログラムで1日に4人くらい、2日間で8人くらいの方が実習する感じだったのですが、今回から、1日だけのプログラムになったので、実習できるのは4人くらいかなぁと。鍵野は、これまでに何度もこの講座に参加していいて、参加するたびに必ず実習をさせていただいてました。ところが今回、4人しか実習できないとなると、この貴重な枠に入れてもらうのはちょっと気が引けるというか、他の人にやってもらった方が、みんなのためになるだろうなぁと考えました。とくに、今年の夏に開催予定のカウンセラー養成講座に参加してカウンセラーを目指している方々にとっては、本当に貴重な絶対実習したいはずのところだと思うので、これはお譲りしなくてはと思いました。先生方に稽古をつけてもらわなくてはという思いもありはするのですが、どちらが優先するかといえば、やっぱりこれからカウンセラーになろうという方が本番さながらの雰囲気でカウンセリング実習できる機会を提供する方がそりゃあ優先度高いでしょうと。


お仲間のカウンセリングを見るだけというのも、もちろん学びはあるはずですが、上手なカウンセリングから学ぼうというのとはちょと意気込みが違うので、もどかしい感じもあるし、じゃぁクライエント役でお役に立とうかと思っても、アドラー心理学のおかげで本当にそんな相談するような困ったできごとが起きてないんですよねぇ…。そりゃぁ、雲一点もない青空のような人生というわけでもないから、ライフスタイルに引っかかるところのモヤっとした感じのところは相談しようと思えば相談できなくはないけれど、でも、そんなのを出されても、カウンセラー候補生の方は困ってしまうでしょうしねぇ(笑)。「エピソード分析」の練習になりそうな、ちょうどいい感じのエピソードがないんですよね。応援したいという気持ちはあるんですが、今回はパスしてみます。それなりにしますから受講料も(笑)。


それで、ここまでが長い前置きで(笑)、今日はアドラー心理学の消費者と供給者の違いについて考えてみたいと思います。野田先生は、この「消費者」と「供給者」とを厳しく峻別されていたように思います。アドラー心理学の「消費者」として、自分の暮らしの中でアドラー心理学を使おうという人に対しては、こうあるべきだとか、こうしなさいというようなことはおっしゃっていなかったと思います。役に立つように自由に使えばよろしいでしょうと。でも、アドラー心理学の供給者になろうとする人にとっては、厳しく、その責任を取りなさいというようなことをおっしゃっていたと思います。アドラー心理学の供給者というのは、ほぼ当時の日本アドラー心理学会の有資格者を指していたようで、パセージリーダー、カウンセラー以上の資格を持っている人のことだったと思います。他の人にアドラー心理学会を伝える人という意味ですよね。


一番重視されていたのが、アドラー心理学の供給者は、自らアドラー心理学を実践している人でなくてはならないということだったと理解しています。なので、いくらアドラー心理学について詳しくて、解説出来て、たくさん本を書いている人であっても、大学教授とかの肩書があっても、自ら実践していない(と先生から見えていた)人のことは、供給者として認めてらっしゃらなかったようでした。


なので、パセージリーダーもカウンセラーも、ただその人がその資格を取りたいというだけでは、養成講座に参加できなくて、事前に許可された人だけが参加できるというシステムだったと思います。※現在の日本アドラー心理学会のカウンセラー養成講座ではそういう規定はなくなっていると思います。気になる方は学会ホームページなどで確認ください。


講座に参加できた人も、実践ができているとは限らなくてヒイヒイ言いながら、苦労して、実践が足りないことに気づいていったりするのですが(かく言う鍵野がそうでした)、少なくとも実践できているという供給者の責任は取ろうとする人たちが集まっていたとは思います。最終的に資格を取らずに撤退する方も、その辺りに納得はされて退かれたのだと思います。


と、ですね、アドラー心理学の供給者になるというのは、なろうとするだけでも、かなり覚悟がいることで、生半可な気持ちではチャレンジできないことだと、身をもって経験しているので、人がアドラー心理学を学ばれて、使われて、周りの人との関係がよくなって、ご自分の暮らしが楽になって、それはとっても喜ばしいことですし、もし、鍵野がそのきっかけになれたとしたら、こんなに嬉しいことはないのですが… が、そこから、もちろん善意でだし、アドラー心理学のよさを実感していただけたからこそなのですが、ご自分でも他の人にアドラー心理学を伝えたいと思われたとき、例えば「どうしたらカウンセラーになれるんですか?」と聞かれたようなとき、そういうときですね…、なんか微妙な、なんとも言えない、なんか変な間が…こうすればいいですよとスッと答えられない空気になってしまうんですね。


どういうことなのかなぁ…これは、と考えていて、アドラー心理学業界?はあまりにもニッチなので、他のもう少しみなさんの知っているかもしれない業界の話で例えるとわかりやすくなるかもと思って、鍵野の好きな落語の世界に引き寄せて考えてみたいと思います。


落語って、きっと寄席に行って生で落語を楽しんだことはない方でも、あの「笑点」という長寿番組で座布団を重ねている和服を着た人たちが落語家さんだっていうのは知ってると思います。あれ、鍵野が大好きな故立川談志さんが企画して作られたんですってね、もともとは。それは余談ですが、世の中には落語ファンがたくさんいます。落語を聞いて、面白いなぁって、SF映画のような大予算もいらないというか、何もなしに、ただ話を聞いているだけで、自分で想像した世界の中でどんなことだって起きてしまう、大イリュージョンが展開されるんですから、本当に凄いなぁと思って、楽しんでいるうちはいいんですが、これを自分でもやってみたい、落語家になろうとなったら話は全然違ってきます。


アドラー心理学に助けられたから、自分もアドラー心理学で人を援助したいって、これ、素直だし、まっとうだとは思うんですが、これ、落語を聞いて楽しかったから、自分も落語で人を楽しませたいっていうのと似てるというか、同じだなぁって、思うんですね。


同じだなぁって思うんですが、そんなに多くないと思うんですよね、落語ファンの数に対して落語家にまでなろうっていうような人は。今、落語業界?は、組織として5つに分かれているらしく、最も伝統的な古典落語を中心とした日本落語協会、それから新作落語に力を入れている日本落語芸術協会落語協会から、ときの名人円生さんが飛び出して作って、その弟子の円楽さんが率いていた円楽一門会、そして立川流家元を名乗った立川談志さんがやはり落語協会を飛び出して作った立川流、それから関西の上方落語協会とがあります。落語家になるには、誰か弟子を取っている落語家さんに「弟子にしてください」と弟子入りを志願して許されてから初めて修行が始まります。まずは前座修行ということで寄席の定席がない立川流以外は4年(関西では前座という身分はなく3年で年季明けというらしい)、毎日寄席でいろんな師匠方(真打以上を師匠という。関西にはないけど)のお世話をして、そこから二つ目という身分になって、そこから10年くらいしてようやく真打として独り立ちする(自分の看板で営業する)という流れらしいです。立川流は寄席がないので、師匠のお世話をしながら師匠のホール落語(寄席以外での落語)の前座をつとめたりして修行を進めていって、師匠が認めたタイミングで二つ目、真打となるらしいですが、やっぱり真打になるまで十数年はかかっているようです。落語中心の生活で修行しながら十数年暮らしてようやく一人前の落語家になるわけですよね。これではたしかに気楽に「落語家になりたい」とは思えないですよね(笑)。


そのくらいのギャップがね、落語ファンと落語家との違いくらいのギャップが、アドラー心理学の消費者と供給者にはあると思うんですよね。供給者の中でも、落語を引き合いにして言えば、前座、二つ目、真打という違いが、それぞれパセージリーダー、カウンセラー、心理療法士にもある気がします。鍵野は二つ目というところですね(笑)。ようやく高座にも上がれるようになったけど、まだまだ真打目指して修行中というところですね。


落語家も、いろんな師匠のところにやりたい噺を習いに行って、覚えてから、その人の前でやってみせて、OKをもらえたら自分の噺として高座にかけることができるそうですが、鍵野も、いろんな先生のカウンセリングを見せてもらって、いろんな技とか間合いとかなかなか文字では表しにくいところも含めて学ばせてもらって、落語と違って同じ話は二度とないので、OKをもらえたらというプロセスはありませんけれども、カウンセラー試験に合格はしているのでそこは勘弁していただいて、実際に相談に来られた方を援助するのに使わせてもらっています。これ、高座にかけるという感じに近い気がしています。


という感じでいるので、「どうしたらカウンセラーになれるんですか?」と聞かれると、「そりゃカウンセラーが増えたら嬉しいけど…こんな厳しい世界…わかってるはずないよね…うーん、どう答えたものか…」と戸惑ってしまうというか、微妙な感じになってしまうんですね。できたら、消費者としてアドラー心理学を自分でどんどん使ってもらいたいなぁと、思うんですよね。使っている勢いで人に伝える伝わっちゃうのは大いに歓迎なんですが、「カウンセラー」とかってなると、いやいやいやって…。


だから、現在の日本アドラー心理学会が、既に臨床心理士さんだったり公認心理師さんだったり、医師、看護師、保健師社会福祉士とか、そういった援助職のプロの人たちに、アドラー心理学カウンセリングを学んでもらおうとしている、流れに戻っているように見える(鍵野の勝手な見方ですが)のもさもありなんというか、わかる気はするんですよね。もともとプロだから、安全な気がするんですね、だって今も援助していて、それ以下にはならないでしょうから、たとえアドラー心理学の学びがどういうレベルだとしてもですね。本当にカウンセリングができるようになったら凄いし、嬉しいし、いいことだと思うし、できなくてもきっとよくはなっている。でも、プロでない人、鍵野もそういう意味ではプロでない人ですが、そういう人が、アドラー心理学を学んで供給者側にいなかった人が供給者側に立ったつもりになるのが怖いんだろうなと、自戒を込めてですね、そこを恐れているからこその、野田先生の厳しい線引きがあったのかなぁと、今更ながらに師匠の偉大さに敬服しています。


ということで、いま、プロの援助職にいるわけでもない人がアドラー心理学のカウンセラーになろうというのは、まずはおすすめしないですね。この辺意見が変わったかも。自分がそうなっていながら偉そうですが。それでも、どうしてもという根性(執着かも(笑))のある方は、ぜひ野田俊作顕彰財団(AIJ)の基礎講座応用編、基礎講座理論編、パセージ、パセージ・プラス、カウンセリング講座、その他の講座も受けまくって、当然、どんなに大変でも遠くても自助グループに入れてもらって通い倒して、それでようやく、いつの日かカウンセラー養成講座の受講を認めてもらえる日が来て、さんざん落ち込みながら、ギリギリ合格できるか、次の養成講座にチャレンジするかとか、そんなアドラー心理学づけの何年間かを過ごせば、きっと、やっぱり他の人にはおすすめしないけど、アドラー心理学カウンセラーっていいよねと思うアドラー心理学カウンセラーになれているかも(笑)。当然お金もたくさんかかるのでフローの収入で賄えない方はしっかり学習費を貯めておいてくださいね。


それでは、しっかりAIJの先生方から学んできます!


読んでいただきありがとうございます。

みなさまどうぞよい夜をお過ごしください。


生きとし生けるものが幸せでありますように。