アドラー心理学で一緒に考えてみませんか

アドラー心理学カウンセラーの鍵野が気になったことのあれやこれやを綴ります

需要と供給

こんばんは、鍵野です。
今年も残すところあと2日ですね。毎年のことですが、いつもは見ない他府県ナンバーの車がちらほら止まっています。鍵野の住んでいる佐伯上浦の年末年始は、帰省される人たちで少し人口が増えて賑やかになります。離れて住んでいても、互いのことを思い合って暮らしながら、たまに帰っては、美味しい料理を囲んで、この間にあったこと、昔の思い出など、いろんなことをお話する家族団らんの機会、大切にしたいですね。大事な友人が丹精込めて作ってくれたシュトーレン(包みを開けたらステキないい香りが)と年越しそばもさっき届いたし、我が家も楽しい年越しができそうです。


今は、佐伯上浦で暮らしているわけですが、息子が大学生になって一人暮らしを始めて、自分も一人になって、持ち家ではないし、母もまだまだ元気だし(何かあれば最優先の仕事としてできることはするつもりですが)、どこかのワンルームにでも引っ越して、ミニマリストを目指すわけではないけれど、最小限のモノ(アドラー心理学の本と仏教の本とパソコンとスマホと冷蔵庫と電子レンジと電気ケトルと食器にテーブルとイスくらいかな…あっ仏壇もあった…瞑想用の座布と、服もあるし…布団もあるなぁ…やっぱり結構ありますね(笑))で暮らしてみるのも面白そうだと思ったのですが、娘の部屋は何も残っていないくらいにスッキリ片づけてるんですが、息子の部屋はそのままなんですよね。息子にとって、ときどき帰ってくるときの実家としての機能がまだ必要そうではあるかなぁと、元妻とも話したことがあって、少なくとも息子が大学(と大学院)を卒業するまでは今のままでいそうです。家はまだまだ大丈夫そうだし。まぁ南海トラフとかで津波が来るのが先だったら、そのときはしょうがないですが(笑)。


振り返れば、いろんなことがあった年でした。鍵野にとって大きかったのは、やっぱりアドラー心理学のカウンセリングを業として始めたことですね。未来は誰にもわからないから、当たり前のことなんですけれど期待していたのとは全然違う展開になりました。思っていたよりもずっと忙しくなく(笑)、でも、まぁなんとかやっていける手ごたえは感じながら、これからの方向も見えてきたので、もともと後悔はしない質ではありますが、やってみてよかったと思っています。


カウンセラーになる前は、ずいぶん力んで、アドラー心理学で貢献しよう!という感じも強くて、もっとお金も時間もかけて、人がたくさんいるところ来やすいところで、いわゆるカウンセリングルームを開こうかなと思っていたこともあったんですが、仏教の学びが進んできたこともあってか、そこまで頑張らなくてもいいよね、ほどほどでと思えるようになりました。身の程を知るというか、まぁ、縁があって出会える人、受け取ってもらえる人に伝えられたら十分だなと。死ぬまでにあと何人の方にお伝えできるかわからないのですが、それがあと10人でも、100人でも、1000人でも(ちょっと大きく出た(笑))、はたまた今がリミットでプラス0人で終わってしまったとしても、それはそれでしょうがないと(笑)。あの偉大な野田先生でも、日本人全員にアドラー心理学を伝えられたわけじゃなし、俗世間で暮らす様々な責任を果たしながら、たとえ僅かの人にだけでも、自分が救われた野田先生、アドラー先生の教えを伝えられれば十分満足です。


それで、鍵野は、一応カウンセリングを業としてやっていて、一回1万円をいただくことになっているんですが(実際は、無料のときも半額のときもよくありますが)、これは、すごく高いわけでもないけど、安い方でもないです。べつに鍵野の腕がいいというわけではなく、アドラー心理学は有効な実践的な心理学なので、ちゃんと使えればちゃんと効果が出ますから、その効果に比べたら安いものだと思っています。感覚的な比較ですが、鍵野は経営コンサルタントとして、これまで約1時間半のコンサルティング1回で5万円を正価としていただいてきました(状況しだいで安く契約することもありますが)。そのコンサルティングのお役立ち感とアドラー心理学カウンセリングのお役立ち感を比較すると、3倍~10倍くらいカウンセリングの方が、提供側としてのお役立ち感が大きいです(勝手な自分比ですが(笑))。カウンセリングが45分で終わったとすれば、コンサルティングの半分の時間なので、コンサルティングの価格も半分の2万5千円として比較すると、カウンセリングで3倍のお役立ち感があるとして、2万5千円の3倍で7万5千円の価値がある仕事をした感じがあることになります。


でも、実際に支払っていただくのは1万円ですから、そうすると鍵野から経営コンサルティングを受ける人の 7.5倍カウンセリングを受ける人の方が得しているということになります(笑)。まぁ、こんなのは数字の遊びに過ぎませんし、そんな経営コンサルティングとカウンセリングを比較するなんて、アドラー心理学を冒涜しているようで野田先生がいらっしゃったら怒られそうですが、でも、まぁカウンセリングも経済活動ではあるし、どちらもプロとして経験したことのある人はそんなにたくさんいないとは思うので、一度考えてみました。


でも、あれですね、お役立ち感と言いましたが、それがすごいので、かえって対価が気にならなくなるんですよね。商売と言えば商売なんですが、アドラー心理学カウンセリングをしたことのある方なら賛成してくれると思うのですが、あれ、相談者さんに助けられるからカウンセラーとして助けることができているので、その時点でもう報酬をいただいてしまっている感じがあるんです。自分も助けてもらって、おかげで人間の仲間として所属できてる感がすごくあるので。じゃぁ、無料でいいじゃないかって言われそうですが、そこはやっぱり生活もあるので…少しはお願いします(笑)。


そういうこともあるのかなぁ… アドラー心理学に限ったことではないですが(というよりよっぽどのことがないとアドラー心理学なんて勉強しないんですよね、心理学を勉強してますという人たちも)、心理のプロの人たち、臨床心理士公認心理師という立派な資格を取って、心理職として暮らしている人の稼ぎが、なんというか…普通というか低いくらいなんですよね。知らない方もいらっしゃるかもですが、臨床心理士公認心理師って、文系だけど、大学で心理学を勉強して、大学院に進学してそこでも心理学を勉強して、修士号を取って試験も受けてようやく取得できるんですよね。弁護士とか公認会計士とか、鍵野の持っている中小企業診断士も文系と言ってもいいと思いますが、受験には別に大学院どころか大学に行く必要もないんですが、臨床心理士公認心理師を持っている心理のプロは大学院まで行ってるわけです。だったら、理系院卒メーカー勤務くらいの年収があっても良さそうですが、全然及ばないようです。需要と供給ですから、これではいかん!と憤る必要もないんでしょうけれども、困っている人はたくさんいるはずなのになぁと。仕事から得られる満足感が、そういうある意味(学習投資に見合わない収入でも働いておられる、それを目指す)奇特な方々がいることの支えになっているのかなぁとも…。なんだか女子大なんかは心理系の学部の新設ラッシュらしいですし、学びたい人のニーズはあるんでしょうね、その先の仕事としての需要には疑問がありますが。


やっぱりプロが、心理職としてご飯を食べてる人が、アドラー心理学を学んでくれたら、とっても嬉しいし困っている人の役に立つはずなんですが、そもそも稼げてないとすると、安くはないアドラー心理学の学習費を、しかも学んでも資格維持のためのポイント稼ぎの役には立たないと知っていながら、そこに投資していくのは難しいだろうなぁ…と悲観的になってしまいます。そういう意味で、最近の日本アドラー心理学会にはそういった心理職のプロの方が会員として参加してくださって、カウンセラー資格取得を目指されている流れがありそうで、本当に(奇特な(笑))熱心で立派なありがたい方々だなぁと、そういう公的な資格のない野良カウンセラー(笑)の鍵野は心から尊敬しています。


子どもが「カウンセラーになりたい!」と言ったとき、「お金ばっかりかかって、食えないんだからやめた方がいいよ」と言わずに「立派な仕事だね。応援するよ」と言える時代が来ますように。

読んでいただきありがとうございます。
みなさまどうぞよい夜をお過ごしください。

生きとし生けるものが幸せでありますように。