アドラー心理学で一緒に考えてみませんか

アドラー心理学カウンセラーの鍵野が気になったことのあれやこれやを綴ります

社会統合論(対人関係論)

<2023年11月8日wrote>
こんにちは、鍵野です。
 今朝の上浦は少し寒かったんですが、今は、リビングに日差しも入って暖まってきました。今日で一週間になります。えっ、何がかって? 最後まで残っていた自分の劣等感がうずく場面のロジックを解明できてからです。おかげさまで、それ以来、人間関係での陰性感情、気づける範囲では起きて(起こして)ません。もちろん、寒っ!とか、熱っ!とか、痛っ!とかはありますけど、統計的に私の陰性感情発動率が最も高いあの人と過ごしていても、それまでだったらあったはずの、会う前の不安、会ってるときのイライラ、会った後の後悔が、全然出てきません。お~っ、やっぱり人は変われるんだ(今さらかい!(笑))。で、自分がそうなると、相手もですね、なんだか違うんですよね、話題がこちらが対応しやすいものに変わってるんです。来るか、来るかと思って、苦手な話題での変化したであろう自分の反応を試したいのに、なかなかその話題を振ってくれない…。平和な話が多いんですね。まぁ、そんなものなんでしょうね。アドラー心理学で考えれば、こちらが身構えて固くなっているとですね、相手も固くなるというか、こちらの注目をエネルギーをその固い殻から意地でも引き出してやろうとしてですね、こちらが反応せざるを得ないような、ウィークポイントをついてくるんですよ、ピンポイントで上手にですね。そりゃぁ、昨日今日の間柄ではありませんから、相手もよくご存じです(笑)。ところが、こちらがどうぞどんな話題でも、とゆったり構えていると、相手も安心するんでしょうね、ふんわりとした話、さほどエネルギーを要さない話をしてくれるんですよ。そして、和やかに協力的に互いの目標を達成してですね、お土産までくれて、さようならと、こうなるわけですね。うーん、これじゃ試せないじゃないかい!って、いいですよね、わざわざきっつい場面を作らなくてもね(笑)。このまま死ぬまでお互い仲良くしててもいいじゃないですか。えっ、そんなのつまらないって? うーん、そういう人はですね…きっと他の方が困っている場面をパセージとかパセージ・プラスとかでロールプレイで再現するときに、怒りをぶちまける役に率先して立候補することをおすすめします。きっと気持ちいいですよ、たぶん名演を感謝されます(笑)。
それで、今日は社会統合論(対人関係論)の話をしたいと思います。アドラー心理学と言えば、すべての人の行動には目的があるという、目的論が有名ですが、社会統合論(対人関係論)は、その目的は対人関係にあるというものです。そして、ドライカース先生の弟子筋、野田先生もそうですが、ドライカース派は、人間行動の究極の目的は社会に所属することだと言っています。所属を外れたと認識したときに感じるのが劣等感ですね。それで、所属を回復しようとして、行動します。めでたく所属が回復されればいいんですが、やり過ぎの過補償な行動になってしまって、所属できないままというか、かえって所属したかった社会(相手)から遠ざかってしまう結果になることがしばしばです。
例1 ※架空の事例です)
妻さん:(ちょっと難しい顔をして、スマホで夕飯のレシピを確認中)
夫さん:(なんだか妻が機嫌が悪そうだ。なんか職場で嫌なことでもあったのかなぁ… これから夕飯の準備かぁ、ちょっと大変だよなぁ…)ねぇ、今日は外食にしようか? ほら駅前の洋食屋さん、あそこのハンバーグ美味しいよね、久しぶりにさぁ、行かない?
妻さん:……すみませんね、そりゃぁプロだもん、私のよりおいしいでしょうよ。今日はね、ハンバーグの予定なの!(せっかくいつもと違うレシピでちょっと驚かせようと思ってたのに)
夫さん:あっ…そ、そうだったの……楽しみだなぁ(はぁ~、やっちゃったか)
妻さん:どうぞ、行きたいなら私に遠慮せず、一人で行ってください。私はお茶漬けでも食べるから! もう~、いやんなっちゃう! どいつもこいつも人の気持ちなんてちっともわかってないんだから!
なぁ~んて(笑)。お互い相手を思いやる行動だったはずが、少し歯車がズレちゃっただけで、とても残念な結果になったりします。
今の例は明らかに対人関係を目的とした行動だとわかりますが、次の例はどうでしょうか?
例2※架空の事例です)
カウンセラー:今日はどのようなお話ですか?
相談者さん:いやぁ、なんだか最近ぱっとしないんですよね。特にこれといった問題があるわでもないんですが…。おかげさまであれから妻とも仲良くやれているし、仕事も相変わらず中間管理職で人並の苦労はあるけれど、高いとは言えないけど毎月給料ももらえているし、部下とも上司ともまぁ悪くない関係だとは思うんですよね…
カウンセラー:(静かに聴いている)
相談者さん:でもですね…なんか若い頃のような元気がないというのか… うーん、これが普通なんですかね?
カウンセラー:どういうときにそのように、ぱっとしないとか元気がないとか、というように感じられますか?
相談者さん:うーん。そうだなぁ… 休みの日に一人でテレビを見てるときとかですかねぇ… 興味のある番組のときはいいんですけど、なんか惰性で見てるのか見てないのかというようなときに… 消して、外にでも遊びに行けばいいのかもしれないんですが… なんかそのままダラダラしている自分が嫌だなぁと思ったり、そのくせそのままテレビを眺めているという… そんなときですかね…
カウンセラー:若い頃は違ったんですか?
相談者さん:そうですね。なんかもっと忙しかったというか、いつも何かやることがあったんですよね。子どもも小さかったですしね、今は「仕事が楽しい」なぁんて、生意気なことを言ってますけども。
カウンセラー:そうなんですね。さっき「普通」かどうかというような話をされていましたけれども、〇〇さんにとって普通ってどんな意味がありますか?
相談者さん:えっ、ああ、そうですね、そんなこと言いましたよね… うーん、いや、普通ですよ、普通。普通でいいんですよ、僕はね…うん。そう、何かこう特別なことはいらなくてね…みんなと一緒でいいんです。
と、まぁこんなやり取りがあったとして、アドラー心理学では、ある日あるところであった一回だけの出来事、エピソードを聞いて、その人の大事にしている価値観を調べていくんですが、定型の「エピソード分析」ではないですが、なんか出てきましたよね。「普通→みんなと一緒でいい」この辺りを押さえておいて、相談に来られた方が今よりも貢献的に社会に所属できる方向の援助を組み立てていくんですが、ところでこれも相手ははっきりしませんが、やっぱり対人関係を目的とした行動なんですよね。「みんな」を相手にしているのかもしれません。あえて分類すれば「セルフタスク」なのかもですが、前にも書きましたがそれがなくてもカウンセリングはできるし、来たときよりも勇気をもって帰ってもらうことはできると思います。
たぶん、この後の流れとしては、若い頃の普通と今の普通に違いがあるかどうか一緒に見ていくのかな、あるいは何かやることがある状態についてもう少しお話してもらってから、普段の生活の中でやられていること貢献されていることのお話をたっぷり聞いてから、それと「普通」との関係について話してもらう中で、劣等感の弱まる方向か、優越目標を緩める方向に何がありそうかを一緒に見てみたいきたいなと思います。
洞窟おじさんという方を紹介した動画を見たんですが、13歳から40年以上、洞窟暮らしをされていた男性のお話で、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、でも、あの方も、その位置で社会に所属して暮らしていたんですよね。足尾銅山跡(という距離感)なら自分が暮らせるところがある、シロという飼い犬が後を追って来てくれて、シロが亡くなるまでは仲間もいたようだし…
たとえ仙人になっても出家しても、閉鎖病棟に入院しても、終身刑になったとしても、社会の中にそういう存在としていつでも所属し続けているんですよね、私たち人間は。それが本人の所属感とは別なのが残念なところですが…
読んでいただきありがとうございます。
今日もよい一日を。
生きとし生けるものが幸せでありますように。