アドラー心理学で一緒に考えてみませんか

アドラー心理学カウンセラーの鍵野が気になったことのあれやこれやを綴ります

どうしてアドラー心理学を?

<2023年11月7日wrote>
こんにちは、鍵野です。
 今日は大事な甥っ子の誕生日なんです。すぐ下の妹の下の子なんですが、子といっても、もう立派な社会人で、その優しい性格から周りのパートのおばさまたちにかわいがられて、ある部門の責任者として楽しく働いているようです。何歳になったんだろう? 高校生くらいまでは毎年誕生日プレゼントを贈っていたけれど…まだ20代前半かな、いや後半かも(笑)。妹に子どもが生まれて、嬉しくて(まだ自分は結婚もしていなかったし)、しょっちゅう遊びに行っては、遊んでもらってました(笑)。自分の子どもが生まれる前に甥っ子姪っ子がいた方は経験あるんじゃないかなぁ、孫がいる感じはまだ経験がないけれど、自分の子どもではないというのが、無責任に遊び相手になれるのがいいのかもなぁ(笑)。その今日誕生日の甥っ子のお兄ちゃんが、来年3月に結婚するんだそうで、久しぶりに息子と一緒に東京方面に行きます。感慨深いなぁ~、元妻と結婚前にその甥っ子と一緒に公園でサッカーボールを蹴って遊んだ思い出があります。結婚するっていいよねぇ~(遠い目)。ぜひ、先にアドラー心理学を学んでおいて欲しいなぁ(笑)。関東には、信頼できるカウンセラーさんも何人もいるし、おじさん(私)が初めてパセージを教わったリーダーさんもいるし(まだパセージもやっていて欲しいと願ってます)、九州とは違って学ぼうと思えば機会はたっぷりあるから。
さて、今日はアドラー心理学を学ぶモチベーションについて考えてみたいと思います。よく「どうしてアドラー心理学を?」と聞かれることがあります。「「嫌われる勇気」を読んで…」と答えます。これ、一番多い回答かもしれませんね(笑)。あの青い本、じつは買ってから積読で、ずっと開かずに置いたままだったんですね。たしか同じ経営コンサルタントの友人がFBで紹介していて、それで買ったんじゃなかったかな。あの人が読んでいるなら、読んでみるかという程度の関心で、特にアドラー心理学に興味があったわけではありません。それで読んだのが2017年の6月で(これアドラー心理学との出会いを振り返ることがあって覚えたんです)、一気に読んで(たいていの本はそうなんですが)、感想は、「いいこと言うなぁ。うん、やっぱり自分は正しい、自分と同じこと言ってる。嫌われる勇気あるし!」でした(笑)。で、アドラー心理学というのは、どうも自分と同意見らしいから、もう少し(調子に乗るために)知りたいなぁという感じで、極端を知った方が早いなぁと思って、臨床の本「アドラー臨床心理学入門」を読みました。この本自体の印象はほとんど残ってないんですが(著者の先生すみません)、野田俊作という人の名前がちらほら出てきて、どうもこの人が元締めらしいぞと気づいたんですね(笑)。それで、ググって調べたら、やっぱりそうだ、そうに違いないということで、野田先生のアドラー心理学を語るシリーズを全部買って読んで、びっくり仰天、なーんだ、自分が思ってたのと全然違うし、凄いなぁこの人、お会いしたい会わなければと思って、その年2017年の秋に東京で開催された基礎講座応用編に参加して、初めて野田俊作先生にお会いできたというわけです。それで世界の見方がすっかり変わってしまって、そのとき、もうアドラー心理学だけあれば十分だ、これをマスターして人に伝えるのを仕事にしようと決心しました。それで、アドラー心理学を人に伝えるには少なくともカウンセラーにならないとというのを野田先生が書いているのを読んで、カウンセリングがしたかったというわけではなかったのですが、カウンセラーを目指して学び続け6年が経ち、気づけばこの有様です(笑)。
自分が困っていて、アドラー心理学でそれを解決して、今度は自分が他の人を援助する方にという、王道?ではないんですよね。自分のライフスタイルに沿った優越目標追求の手段として、アドラー心理学を学んだんです。それは、これまで学んできたこと、文学や英語や経済人類学やソフトウェア工学ナレッジマネジメント経営学なんかと結局同じ動機だったんですよね。これで人に勝つという邪悪な(笑)動機でした。でも、ですね、アドラー心理学は本当に凄い救済の力を持っている学問なので、そんな私でも、学んでいくうちに、本当は自分がとっても困っていることに気づき、それを解決することを通して本当にアドラー心理学が身についてきて、大事な人たちとも仲良くなれて、優越目標追求のためにアドラー心理学カウンセラーを目指していたんですが、優越目標を追及しているとカウンセリングの試験に落ち続けるということを骨身に沁みて体験し(十数回落ちました。たんぶ過去最多では(笑))、最後の最後で自分のためにカウンセリングすることを手放せたとき、ギリギリ最低点だったと思うのですが、現野田俊作顕彰財団(AIJ)指導者で当時日本アドラー心理学会指導者でもあった大竹優子先生に合格をいただけました。試験から帰って、いの一番で、合格を信じて病室で待っていてくれた長期入院中の娘に「合格したよ!」と報告したんですが、「おめでとう」と心から一緒に喜んでくれた笑顔を今でも思い出します。
動機は人さまざまでしょうけれど、そもそも人は一人ひとりユニークな目標追求にいそしんでいますので、わざわざ時間とお金をかけて学ぶということは、アドラー心理学もその目標追求の手段なのだと思います。ですが、学びが深まっていけば、目の前の人を援助するために、その目標追求を緩めるとき緩めざるを得ないとき緩める勇気が湧いてくるときが必ず来ます。その時までは、いいんじゃないですかね、多少開き直って、がむしゃらに自分のために学んでいっても。本気で学んでいれば、いつの間にか、Iの視点がWeの視点に変わっていくはずです。
読んでいただきありがとうございます。
みなさま今日もよい一日を。
生きとし生けるものが幸せでありますように。