アドラー心理学で一緒に考えてみませんか

アドラー心理学カウンセラーの鍵野が気になったことのあれやこれやを綴ります

劣等感の補償…他の人への迷惑

こんばんは、鍵野です。台風の影響でしょうけど、しばらく雨風の強い時間帯がありました。何年か前に川の水が溢れて床下浸水したことがあるので、台風が通り過ぎるまでは要警戒でいないといけませんね。


地震からの津波だけではなくて、豪雨からの洪水、土砂崩れも考えられるのでいざという時の準備はしておきたいと思います。


そういえば、津波が来たらとにかく高いところに非難するしかないと、間に合わなければそれはもう終わりだなぁ…と思っていたのですが、ある動画を見て、それもあるか! と急いで購入したのがライフジャケットです。昔、まだ釣りをしていたころ、子どものと自分のとを持っていたんですが、今回、新たに近所の母と伯母の分、そしてお客さんがいるかもということで、全部で4着用意しました。邪魔と言えば邪魔ですが、でも、実験ではライフジャケットを着ていれば、津波が来ても飲み込まれずに水面から顔を出せる状態がキープできるそうです。


それでも流されれば、いろんなものにぶつかるでしょうし、それで大怪我したり命を落とすこともあるでしょうけれど、無いよりは生き残れる可能性が広がりますよね。


あの3.11の映像が凄すぎて、来たら諦め…という感じでいたので、このシンプルな使ったこともあるグッズの使用を思いつきませんでした。YouTubeを視るのも役に立つことがありますね。津波が想定される地域にお住まいの方は、一人一着のライフジャケットを備えておくといいかもしれません。


さて、今日は自分の劣等感の補償、目標追及のための行動が、どんな風に他の人に迷惑をかけているかということについて考えてみたいと思います。


自分に迷惑をかけている…というか、自分が劣等感の補償で困っているのは、それはもうものごころついてからずっとそうなので、それはまぁとりあえずいいとして(よくないけど(笑))、他の人に迷惑をかけるのはねぇ、やっぱりよろしくないですよね。とくに日本人にとっては「人に迷惑をかけるな」というのはみんなの共通感覚と言っていいくらいに浸透している価値観なので、多くの人がそれはできるだけ避けたいなぁと思ってらっしゃるはずです。


しかも、その「他の人」といっても、それがとくに自分にとって大事な人であるほど迷惑をかけがちだというのが、非常に辛いとところで…


なんなのそれ?って、ちょっとこの先が知りたくなってもらえてたら嬉しいんですが(笑)… ここ最近それなりにがんばってブログを書いている感じなんですが、それが誰かの役に立っているんだかどうだかわからなくてですね(笑)。まぁ、いいんですけど、趣味のようなものですから(笑)。とりあえず8月いっぱいはがんばろう!と思ってます(そこまでかい!)。


自分の劣等感の補償のために、迷惑をかけている人の筆頭はどなただと思われますか?


1.同僚、上司、部下など職場の人
2.夫さんや妻さん
3.お子さん


正解は圧倒的に3のお子さんです。正解された方には100アドラー差し上げます(って、なんやのそれ(笑))!


アドラー学習歴の長い方であれば、直感的にわかったかもしれませんね。なんにせよ我々の最大の被害者ですから彼彼女らは(笑)。


でも、1にも2にも迷惑をかけていることが多々あるので、どれを選んでも×ではありません。1を選んだ方には30アドラー、2を選んだ方には60アドラー差し上げます(だから、なんなんそれ(笑))!


ちょっと引っ張りましたけど、いよいよ説明に入ります(長いわ! もう閉じられてまうで)。気長な人だけついて来てくだされば…(笑)。


人は劣等感を感じると、ということは、つまり、自分の大事にしている価値観が踏みにじられている、実現できていない、と思う出来事に遭遇すると、それを自分の好みの状態、自分の価値観の実現に向けて、事態を正そうとして行動を起こします。これはもう、人であれば誰でも、ライフスタイルという人生のサバイバル戦略の用意ができてきた5歳の頃から死ぬまで、飽きずに全精力を傾けて生きている限りずっとやり続けることです。アドラー心理学を学んで実践すれば、ちょっとそこから距離を取れるというかその追及を緩めることができるようになりますが、全人口の99.999…%は、もうライフスタイルの言いなりになって暮らしていくことになります。


それで、その価値観は一人ひとりユニークで100億人いれば100億通りの価値観があるので(似ているというのはもちろんありますが)、まぁ、冷めた目で見れば、自分の価値観で生きたいのはそりゃぁそうでしょうし、どうぞご自由に、と言えなくもないのですが(アドラー心理学は「共同体感覚」という思想があるので、そうは言いませんけど)、困ったことに、この一人ひとり異なる価値観を他人に押し付ける人がいるんですね。「お前もこの価値観を採用しろ!」と。お節介にもほどがあると思うんですが、みんなやってしまっています。もちろん鍵野もバリバリにやってました(笑)。


自分が劣等感を感じて、自分の目標達成のために、自分で動くというのは、まぁ、とりあえずよしとしましょう(くどいですが、本当は「よし」とはしていません。相手もOKかどうか確認してから動くのがアドラー心理学のおススメです)。


困るのは、他の人のやっていることを見て、勝手に劣等感を感じて、その劣等感がイヤなので、それを解消するため、補償するために、その、他の人の行動を変えようとする輩がいることです…って、鍵野も含めて全人類がその輩なんですが(笑)。


それで、普通は、いくら図々しい人でも、職場の上司の行動が気に入らないからといって、その上司の行動を自分好みに変えてやろうと直接行動に出る人はまずいないので(笑)、そういうシチュエーションではあまり見かけないんですが、親しくなったり、相手が部下だったりすると、やらかしてしまう人も出てくるかもしれませんね。今気づいたけど、これってパワハラアドラー心理学的説明かもしれない(笑)。


たいていは、この世で自分を一番慕ってくれている人、一番大事な人(日本では(笑))である我が子に対してやらかしてしまいます。


別に自分には関係ないのに(課題の分離ですね)、我が子の動きを見ていると気になって気になって仕方がない。イライラしたり、もどかしかったり、ムカッとしたり、それでついつい(これアドラーを学ぶ人には禁句ですけどね(笑))口を出してついでに手も出してしまう。


なんでもいいんですよね、気になることなら(笑)。絵を描いていて、色のチョイスが気に食わなかったり、塗り方が雑だなぁと思って「ハミ出てるやん! なんで気にならんのかな? もう…貸して! ここはこうやって塗るんよ、ほら、なぁ、うまいやろ母ちゃん うん? コラ! 何してんねんな せっかく教えたってるのに」と、子どもは呆れて別の遊びを始めてたりとかですね。


機嫌よく、壁に向かってふわっとボール投げをしてぺちゃっとかズルっとかいう感じで跳ね返ってきたボールをキャッチして、遊んでる我が子を見て、「どんくさいやつやなぁ! もっと手首のスナップを効かせな なんやそのへっぴり腰は」とか、あるいは表面的には優しくしても「あっ、こんな風にやってみたらどうかな? パパがやってみるから見てて な、わかる? こう見えてもパパ、昔野球やってたんよ うん、やめるの? え? どうして、楽しそうにしてたやん」とか。


頑張って夏休みの宿題に取り組んでいる我が子に「何、その字。もっと丁寧に書きなさいよ! そんなんじゃ誰も読んでくれないわよ! 何この線、これじゃ四角だか丸だかわからないじゃないの 何のために定規があるのよ それに何? これで消したつもり もう! じれったいなぁ ほら 消しゴムはこうやって使うのよ、 ね、わかった? 本当にママの子かしら? きっとパパに似たのね あの人やることなすこと雑だから…」「やーめた! やる気なくした」とかですね。


これはどうしてかというと、自分の大事な人、とくに我が子については自分の延長、一心同体のようになってしまって、その子が自分の価値観に反する状態にあることに耐えられなくなるんですね。なので、悪気はまったくないし、善意からではあるんですが、自分の手足を自分の意思で動かすかのような感じで、我が子のことも自分の意に沿うように動かしたくなるんですよね。


それで我が子を自分と同じと勘違いするくらいに思っているからこその行動ではあるので、よく聞くセリフ「あなたのためだから」を自分でもすっかり信じ込んでしまって、いくところまで(親子関係が破綻するところまで)行ってしまう人も少なからずいるようです。


なので、ぜひ、愛するお子さんのためにも(パートナーにも同じようなことをする方もいるので、パートナーのためにも)、アドラー心理学を学んで実践して欲しいんですよね。


子どもを自分の劣等感を補償するための目標追及のための道具にしないで欲しいんですね。そうして育てられたお子さんは、自分の子どもを同じように道具にしてしまう可能性が高くなると思うので。


親から子に代々受け継がれてきたこの負の遺産、負の連鎖をあなたがアドラー心理学を学ぶことで断ち切って欲しいなぁと切に願います。


子どもには子どもがあなたとの関係の中でサバイバルするために自分で育ててきた、あなたとは違うライフスタイルがあります。あなとは別人格で別の価値観を持っているお子さんをあなたの価値観で染め上げようとしたら、その先には悲劇しかありません。反抗して飛び出してくれればまだいいのですが、従順なお子さんでどっぷり洗脳に近いような影響を受けてしまったら取り返しのつかないことになります。その価値観が現代競争社会に適応的だったとしても、それがお子さんの個性を押し殺した結果だとしたら、後に恨まれて仕返しされたとしても文句は言えないですよね。


鍵野の場合は、娘がその辺りをはっきり言葉と態度で教えてくれる人だったので、深く反省して学ぶことができました。教えたがりの鍵野のお節介で何度も邪魔をしたものですが、その度に娘は許してくれました。


子どもは本当に寛容です。あんなに酷いことを言ったり酷いことをしても、親のことを大好きでいてくれて許してくれるんですよね。


そんなあなたの大切な人、何かの縁であなたのところに子どもとして来てくれた人たちを、できるだけ優しく思いやりをもって、尊敬して信頼して、対等の人間として、育てていきたい、その成長に協力していきたいと思われませんか?


そう思い立ったら吉日! ぜひ、お近くの野田俊作顕彰財団(AIJ)もしくは日本アドラー心理学会の有資格者あるいは自助グループにアクセスして、アドラー心理学を学んでみましょう。そのうち、お子さんから感謝されるに違いありません。「うちの親はよい子育てをしてくれた」って。

 

九州でアドラー心理学を学びたいという方で、お近くに自助グループがみつからないという方は、鍵野までお問い合わせください。どうしたらいいか一緒に考えますので。もちろん、鍵野にできることはさせていただきます。一緒に学べる日を楽しみにしています。


備えあれば憂いなし、一人一着、アドラー心理学は劣等感の津波に飲み込まれないための人生のライフジャケットです。

お後がよろしいようで(笑)。

 

読んでいただきありがとうございます。

みなさまどうぞよい夜をお過ごしください。


生きとし生けるものが幸せでありますように。