アドラー心理学で一緒に考えてみませんか

アドラー心理学カウンセラーの鍵野が気になったことのあれやこれやを綴ります

アドラー心理学を採用すること

こんばんは、鍵野です。
今日は経営コンサルティングの方の仕事で、二人の社長さんとお話したのですが、それぞれ業界も置かれた状況も大きく異なるんですが、それぞれに嬉しいお話を聞かせていただくことができました。


最初は、厳しい状況の中、あきらめずに粘り強く工夫しながら改善努力を続けておられた社長さんの会社の業績が明らかに上向きになっていたという話です。コロナ過を耐え抜いてきて無駄が削られてきたことで、かつての売上には及ばなくても、しっかり利益が残るようになってきたんですね。よかった!


そして次に、お会いした社長さんは、今が踏ん張りどころという状況ではあるんですが、それでも丁寧にお客さんに向き合って取り組んでこられた結果が出始めていて、大変手応えを感じられているし、やはりその方向に大きな希望の光がありそうですね、と確認し合うことができました。こちらも、よかった!


経営相談の場面では、こうだっ「たら」、こうしてい「れば」といった、「たら、れば」という後ろ向きの話をされる社長さんもいらっしゃるのですが、そんなときは、そのおかげで、学ぶことができて、今のこの判断と行動ができたんですよね、とその経験を黒歴史にせずに、前向きに、今のあなたがその経験をどう使うかという視点で一緒に確認します。やっぱりここもアドラー心理学ですね。あんな苦労、こんな苦労も含めて、全体としてのあなたが、それらをうまく使って、自分も含めたみんなが幸せな方向に動いていくしかないんですよね。そうやって動けた方はみなさんなんとかなっている気がします。それは経営している会社がうまくいっているという意味では必ずしもなくて、人のせいにせずに動けた経営者は、会社がどうなっても、なんとかその方なりの幸せな方向で暮らしておられるようだという意味です。


それで、これは経営者に限らず、相談に来られる方みなさんそうだなぁという気がします。アドラー心理学を学ぶと人のせいにできなくなるので、自分を追い込んでしまう人には辛い面があるんですが、それでも、その自分を追い込むことも含めて、やっぱり主体的に自分が決めているんだというアドラー心理学の見方を採用された人は、なんとかなっている気がします。あの人があんなことをしなけ「れば」、私の母親(父親)があんな人ではなく、こんな人だっ「たら」、と考えだしたら、自分の幸福のために自分にできることがなくなってしまうので、「かわいそうな私」と被害者を演じて、悦に入って泣き寝入りするか、迫真の演技力で他人の同情を得ようとするか、「悪いあの人」と復讐に燃えて生きるくらいしかなくなってしまいます。「かわりそうな私」と鬱々として暮らしている、一見、被害者のように見える人は、実は加害者なんですよね。一緒に暮らす人の幸せを奪い続けているんですから。もちろん、原理的には、周りにそういう人がいたとしても、自分の決断で幸せに暮らすことはできるはずですが、やっぱり、そりゃぁ、鬱々とした人と一緒に暮らすのはそんなに楽しい経験ではないはずですよね。かといって、元気を通り越して、いつも飛び跳ねてこちらにぶつかってくるような人と一緒に暮らすのも、それはそれで大変疲れることだとは思いますが(笑)。


その方その方のいい時期があると思うので、相談に来られたからといって、すぐに洞察してもらう必要もないわけですが、アドラー心理学を学ぶことで、ご自分の人生を知り、現在の苦難(の多く)が、ご自分が決断して行動してきた結果であることを知り、いったん抵抗し、人のせいにしてみたりして、でも、やっぱり自分が決めてるんだ(と思ってみる)というアドラー心理学の提案を引き受けることができたとき、わけのわからないまま踊らされているようだった人生が、ある程度その人の手の内に収まるものに変わっていきます。

 

具体的にどうしたらいいですか?という問いには、代替案の提案はできますが、その方の人生はその方が生きるしかないわけで、提案を採用するもしないもその方の決めることです。そこは完全に自由です。そもそもアドラー心理学を採用するかしないかも含めて、「やっぱり、やぁめた」も全然ありです。原因論で暮らすことは十分可能です(というかほとんどの方はそうしていると思います)。過去を呪い、運命を呪いながら生きることを選べるくらい人は自由なんです。


ただし、もしアドラー心理学を採用されると決めたのであれば、ぜひ、他の心理学(自分心理学含む)と混ぜて使わないようにしてください(ときどき、どこか他派の用語らしいものをアドラー心理学用語と思い込んで使われている方に会うこともあるので、これはアドラー心理学を提供している方の問題があるのかもしれませんが)。そうすれば人間関係の困った場面についてであれば、すべて矛盾なく理解できるようになると思います。でも、これはアドラー心理学が正しいと言っているわけではなく、アドラー心理学で矛盾なく説明できますよと言っているだけです。説明できたからといって実際に解決できるかどうかは別ですし。


誰もが、限られた、明日をも知れぬ命を生きています。だからこそ、他のを探す時間がもったいないから、実績十分なアドラー心理学で、とりあえず幸せになってみませんか? と言いたいんです。だから、その提案に乗ってくれる方たちに限って真剣にアドラー心理学をお伝えしたいと思っています。たとえ一人でも、本気で学ぶ気のある方がいらっしゃるのであれば、時間とお金の許す限り出かけていきたいと思っています。もちろん、他にたくさんアドラー心理学を伝えられる方もいらっしゃるので出しゃばるつもりはありませんが、お近くにそういう機会がなくて困ってらっしゃるのであれば、メール等で、一度ご相談ください。何かお手伝いできることがあるかもしれません。どうぞよろしくお願いいたします。


読んでいただきありがとうございます。

みなさまどうぞよい夜をお過ごしください。


生きとし生けるものが幸せでありますように。