
こんばんは、鍵野です。
お久しぶりで2ヵ月ぶりのブログなんですが、外はすっかり春めいて来ましたね。
最近知って、「そういうことか!」と長い間の疑問が氷解したのが、日本人はお酒に弱い人が多いけど、なんでそうなのか? アルコールに強い人の方が、発酵したものを食べたり飲んでも大丈夫だろうから、そっちの方が生き残りやすいだろうになぜあえてお酒の弱い人がこの日本列島で繁栄してきたのかと。
わかったのが、お酒に弱い=アルコールを代謝して出来る毒物であるアセトアルデヒドの分解酵素がないとか弱いとかということなわけですが、その方が有利な状況があったんですね、日本人には。
日本人は昔から水田でお米を作ってきたわけですが、そこには日本住血吸虫という寄生虫がいたんですね。で、どうやら、お酒に弱い人がお酒を飲んで、結果として血中にアセトアルデヒドが残っていると、その日本住血吸虫にとって嬉しくない…弱ってしまうということだったらしいと。
さらに日本住血吸虫だけではなくて、昔、まだマラリアが西日本にもあって、そのマラリア原虫もやっぱりアセトアルデヒドに弱いのではないかと…
なるほど!と思いました。お酒に弱いというデメリットが寄生虫に強いというメリットになってたんですね。いやぁ、日本人の(お酒に弱い人の)ストレングスですね。
カウンセリングでも、相談に来られた方がそれまでずっと自分の弱みだと認識していたことが、話をして一緒に考えていく中で、実はその弱みこそが、その人が人生を切り開いてきた強みそのものだったんだと知ることが、カウンセリングの大きな転機になることがよくあるんですが、似てるなぁと思いました。
鍵野はもともとお酒に強くなかったし、(本気の仏教徒でもあるので)お酒をやめて9年ぐらい経ちましたが、あらためて代々受け継がれてきた自分のアセトアルデヒドを分解するのが苦手な遺伝子に感謝したくなりました(笑)。
それから、日本人と違って、白人の方たちはみんなお酒に強いらしいですが、それもやっぱり寄生虫や細菌が関係しているのではないかとも。
単純に発酵してても食べれる、飲めるというメリットはあるわけですが、ワインとかビールとかアルコールの入った飲み物の中では身体に悪さする寄生虫や細菌も活動できにくいので、それがよかったのだろうと。細菌などのリスクのある生水を飲むよりアルコールを好んで飲んだんでしょうね。そういえばヨーロッパでは昔は子どもでもお酒を飲んでいたとか聞いたことありますね。
面白いですね。私たち人類はそれぞれの暮らしの中でそれぞれにサバイバルしてきたんですね。これから先、どんな遺伝子が活躍するかわかりません。一見、デメリットに思えそうな特性がメリットに転じることもたくさんありそうです。そういった意味でも、一人一人の違い、多様性というのは人類存続のためにも、本当に大事にしていかなければならないことな気がします。
今日は、夫婦愛について考えてみたいと思います。
カウンセラーという仕事柄、いろんなご夫婦の話をお聞きします。「私たちこんなに仲がよくて、こんなに楽しく暮らしてるんですよ♪」なんて話をしてくれるご夫婦はまずいなくて(笑)、もちろんそれぞれ具体的な内容はバラエティーに富んでいるのですが、それでも要するに「こんな(ひどい)ことをするんです」とか「こんな(当たり前の)こともしてくれない」とかいう話なんですね、結局は。
それで、そんな話をしているご夫婦は、やっぱり傍目にも仲がよいようには見えません。「(夫さん/妻さんの)どんなところがよくて結婚しようと思ったんですか?」と聞けば、「〇〇な人だと思って…」などと教えてはくださいます。教えてはくださるんですが、だれか他の人の話をしているような、あまり実感のない感じで、なにか後悔の念が滲んでいるような、もの哀しい雰囲気が漂ったりします。
で、そこはカウンセラーですから、とりあえずは夫婦再建に向けて、(口八丁手八丁で(笑))悲観的にならずになんとかかんとかご夫婦双方合意の上、今やっていてやめて欲しいことと今やっていなくてやって欲しいことについて、それぞれフィフティーフィフティーな感じで2週間ほどの宿題チャレンジとして取り決めてやってもらいます(まぁ、こう書けば簡単そうに感じるかもしれませんが、双方が納得できて実行できそうな具体的な行動について約束を取り付けるというところが大変難しく、だからこそお代をいただけるわけで、生兵法は大怪我の基と言いますから、カウンセラーでもない方がやってみようとはしないでくださいね。危ないですから、ホントに。どうしてもやってみたい人はまずは野田俊作顕彰財団か日本アドラー心理学会のカウンセラーになってからにしましょう(笑))。
するとどうでしょう、あら不思議。約束した通り完璧にできるわけではないかもしれませんが、夫さんも妻さんもそれなりに努力して、やってきてくれるんですね。やってきてくれれば、明らかに前回お会いしたときと違うんですよね。オーラとかが見える体質ではないんですが(笑)、何か夫婦の絆というようなものが、綻びて細くなったり切れかかったりして頼りない感じだったのが、なんかこうしっかりした命綱的なものがそこに見えるような気がするんですね。ちょっとした体の動かし方だったり、会話のはしばしに、互いを思いやる何かが感じれるようになります。
こうなったら、まぁ大丈夫かなぁと…(もっと荒療治な辛いかもしれない方法を紹介せずに済んだなぁと(笑))。もうそれで、また何かあれば来てくださいということでカウンセリングは終わりになることもあります。
これ、夫さんにしろ妻さんにしろ、実際に行動することが大事なんですね。理屈っぽい人とか、納得いってから行動したい人にとっては苦痛かもしれないんですが、自分が納得できるかどうかとは関係なくて、いやむしろ納得できないことだからこそ、ただただ行動することに価値が出るんです。
人は、相手の思っていることではなく言ったことやったことに反応するんです。
こんなことに何の価値があるのかわからないけど…でも、まぁ約束したし、しゃぁない、やるか…と。で、それが、相手の存在を尊敬(リスペクト)し信頼することになるんですね。
自分がやりたいからやる、納得できるからやるというのは、それまでもその人がやってきたことで、やって当たり前なので、そもそも夫婦で改めて約束するネタにはなりません。
そうではなく、なんかわからないけど、妻にとって夫にとって、それがそんなに大事なら、やりましょうと。
それは、しっかり伝わります。で、その互いの相手のために行動する結果として、そこに夫婦愛が生まれます。ひょっとしたら、初めて生まれる場合もあるかもしれません。それまでは、生物学的な種族保存の本能に突き動かされるだけの情だったものが、なにか私たち運命共同体だよねぇ、仲間だなぁという感じ、程度の差はいろいろあるとは思いますが、「これからもよろしくお願いします」的な何かがお二人の中を行き来しているのを感じます。
そんなとき、この仕事をしてよかったなぁ、アドラー心理学を学んでよかったなぁと心から思います。
夫婦愛は結果です。ご夫婦それぞれが相手のために行動した結果として芽生えるものだと思います。
春です。一面の菜の花のように、日本中、世界中のご夫婦に愛が芽生えますように!
読んでいただきありがとうございます。
みなさまどうぞよい夜をお過ごしください。
生きとし生けるものが幸せでありますように。