




こんばんは、鍵野です。今日は久しぶり?に寒い佐伯上浦です。山間部はまた雪が降ってもおかしくないので、今週は遠出の予定がなくてよかった。
寒いと暖房代がかさむのが嫌ですねぇ…、かといって家の中が寒いのは辛いし…。そんなの気にしないくらい稼げばいいじゃないという考え方もありますが、いろいろ経験してきて、今はできるだけ生活コストを下げて暮らしていきたいと思っています。
なんだかアホみたいに働いてたときは、稼げば問題なしということで、それこそ毎日高速代5~6千円使って通勤してたんですが、今ではよっぽどのことがない限り高速は使いません。逆の意味でのタイムイズマネー(笑)で時間の方をたっぷり使って移動しています。
衣食住、そして車も以前とは違って、はっきりコスト重視です。よく言えば「足るを知る」の実践ですが、まぁやせ我慢的なところもあるかもしれません。
ケチにはなりたくないので、必要なものへの出費に躊躇はないんですが、何か欲しいと思ったときに「これって必要?」と一呼吸置いてみるようにはしています(と言いながら、スーパーで食料品(昼ごはん用のパスタとか)を買うついでに、ちょっと目についた美味しそうなお菓子をカゴに入れてしまうこともあります。「いや、いらないでしょ」という声が聞こえてはいるのですが(笑))。
そんな努力?の甲斐もあって、たぶん大人になってから今が人生で一番お金がかからない暮らしをしていると思います。それでも毎月それなりのお金が出ていくわけですが、今の生活レベルであれば、ゴーイングコンサーンというか、かなり先まで見通しが立ってはいます。とりあえず、生きてはいけるなぁと…
そんなライフスタイル(アドラー心理学用語ではないやつ(笑))になってから、一番よかったなぁと感じるのが、やりたくない仕事をしなくてよくなったことです。
数日前にも、ある経営コンサル系の仕事の打診があったのですが、それは得意でもないし、面白くなさそうだし(笑)、儲かっていそうなお客さんだったので、報酬は期待できたかもでしたが、他の方を探してくれませんかとお断りしました。
これが他の人より鍵野がやった方が相手のためになりそうとかいう仕事であれば引き受けるのですが、アドラー心理学の仕事ならいざ知らず、経営コンサル系の仕事だと、もうそんなのはあまりないんですよね。他にたくさんできる人はいるので(関係づくりから始める必要のないなじみのお客さんとの仕事は別ですけど)。
でも、もし鍵野がお金に困っていたら、話は違いますよね。せっかくの仕事の依頼を断るなんてもっての他ですよね。本当は苦手なことでもなんとか調子を合わせて受注できる方向に話を進めたはずです。
これって、まぁ駆け出しの頃で、経験自体が少なくてどんな仕事でもチャレンジしてみるというのならいいんですけど(やったら得意になるかもしれないし)、いろんな仕事を経験済みで、それを受けたら自分もつらいし、お客さんのためにもならないだろうとわかっていたとしたら、なんだか嘘をついたみたいで、後味の悪いことになってしまいますよね。
生活コストを下げることで、そういう自分のためにも相手のためにもならない選択をしなくて済む自由が実現しやすくなると思うんです。
一番仕事をしていた頃の鍵野に比べれば、かなりの貧乏になったと言えるかもしれませんが、あの頃、ある事業の責任者をしていた頃(結局、上が採用したかった人を自分のチームに入れることを拒んだのが決定的で、クビになったのであまり変わってないかもですが(笑))に比べて、ずっと自由に楽しく暮らせていると思います。効果がなさそうな(と自分が思っている)サービスをお客さんに売り込まなくてよくなったし、仕事で嘘をつかずに暮らせるようになったのが本当に大きい。
嘘をつかず、自由に暮らしていくには、嫌われる…ではなく(笑)、貧乏になる勇気が必要なんだと思います。
そのことに関連して、ここ数日で読んだショッキングな本。ぜひ一家に一冊、小さなお子さんのいるお家なら絶対!読んで欲しい本を紹介させてください。
ロバート・F・ケネディ・ジュニア、ブライアン・フッカーの共著『なぜ私がワクチンを疑うのか』経営科学出版(https://in.hayashichikatsu.jp/88unvax_2980_se)です。
わかりやすく、ワクチンを疑うべき理由が、膨大なエビデンスと共にワクチンの種類ごとに解説されています。非接種児と接種児との比較研究の結果は恐るべきものです。詳しくはぜひ買って読んでみていただきたいのですが、ワクチン接種児の方が非接種児に比べて自閉症とADHDと診断されるリスクが4.2倍だとか、インフルエンザワクチンを打った子の方がインフルエンザ関連で3.67倍も入院しているとか、衝撃の事実を知ることができます。
恐ろしいのは、公的機関であるCDC(米国疾病予防管理センター)とかNIH(公衆衛生局国立衛生研究所)とかが、そうした研究結果があることを知りながら無視してきたことです。中には研究のスポンサーがCDCであることもあって、図らずもワクチン接種の危険性を示してしまう研究結果になった論文の著者はその辺りを忖度して、有意性がないかのようにデータを操作したり、結果をわかりにくいところに埋もれさせたりなどの涙ぐましい努力?をしていることも指摘されています。
そもそも米国のワクチンの認可はFDA(米国食品医薬品局)のワクチンおよび関連生物学製剤諮問委員会(VRBPAC)が管轄してるんですが、そのVRBPACの投票権を持つ委員およびコンサルタントの圧倒的多数が製薬業界との実質的なつながりを持っているという報告があって、そんな人たちが自分たち業界の利益を考慮せずに、ワクチンの安全性をまともに審査できるとはちょっと信じられないですよね。
どうですか… きっとものすごく努力して勉強していわゆるエリートとして、米国の公的機関で活躍している人たちがどれだけの嘘をつかなければならない(アドラー心理学的に言えば、結局自分で嘘をつくと決めて嘘をついているんですけども(笑))仕事をし続けているのか‥
なんだかもう怒りを通り越して哀れというか…そうまでしてお金が(それを保証する地位が)欲しいのか? 子どもたちの健康を犠牲にしてまで、たくさんのお金をもらい続けなければ生きていけないのか…
これは米国についての本ですが、米国に倣えの日本でももちろん同じことで、厚生労働省の御用学者のみなさん、お役人たち含め、知っているのに知らんぷりで、嘘をつき続けながら、大事な日本の子どもたちの健康を犠牲にし続けているんです…
悲しいし哀しい…
もちろん、ワクチンが悪と決めつけたいわけではなくて、場合によっては打つ方がいいこともあるのかもしれません。ただ、こうした情報を開示して、わかりやすく説明した上で、ワクチンを接種することのメリットとデメリットを公正に比較してから親あるいは本人が選べるようにするのは、最低限必要な当たり前のことだと思います。
自分たちの金儲けのために、知られると不都合な事実は伏せておいて、たくさんの広告費を使って、メディアを支配して、ワクチンを接種するのが当然のような空気を作り出していくというのは、もうこれは単なる嘘つきでは済まない人類に対する犯罪行為だと思います。
誰だってもともとそんな大それた悪事をなそうとして、医者だとか研究者だとか官僚とか政治家とか経営者などを目指したはずはありません。
もし彼彼女らの生活コストがそんな大げさなものでなかったとしたら、もっと早くにそんなのっぴきならない立場に自分を追い込むそのもっと前に、そんな嘘をつく仕事から撤退できていただろうと思います。
鍵野はそこまで大胆な命にかかわるような嘘をつかなければいけないような仕事はしてきませんでしたが、それでも自分の生活と天秤にかけて嘘をついてしまった過去はあります。結局臆病というか卑怯というか、勇気がないんですよね、ちょっとでもたがを緩めると競争社会からドロップアウトしてしまいそうで…
でも、ずいぶん前にドロップアウトしてしまってわかったのは、全然大したことないというか、そんな見せかけの優劣にこだわって暮らしていた自分のばからしさでした。
嘘をつかなくていい暮らしを味わったら、もういくら積まれてもあんな仕事(そんなに悪いことはしてないと思うけど(笑))はやりたくないと思ってしまいます。
みなさんも、ぜひ(貧乏でも)自由になる勇気を(笑)!
ロバート・F・ケネディ・ジュニア、ブライアン・フッカーの共著『なぜ私がワクチンを疑うのか』経営科学出版
ここから買えます!
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https://in.hayashichikatsu.jp/88unvax_2980_se
読んでいただきありがとうございます。
みなさまどうぞよい夜をお過ごしください。
生きとし生けるものが幸せでありますように。