
こんばんは、鍵野です。もう今年も残すところあと少しとなってきて、冬本番のはずですが、今日の佐伯上浦は暖かかったです。物価高へのせめてもの抵抗としてできるだけ暖房代を抑えたいと思っていたのでこの暖かさは有難い(ケチにはなりたくないけど、節約できるものは節約したい(笑))。
(あくまで当社比ですが)最近カウンセリングのお客さんが増えてきました、嬉しい! しかも、アドラー仲間の紹介というわけでもなく、ホームページ(https://www.adleriancothinking.com/)でうちを知って来られる方が続けて来られて、よかった…がんばってサイトを作った甲斐がありました(おかげさまでなんとか年を越せそうです(笑))。
と、ネットのお世話になっていながらなんですが、今日は最近読んで「たしかに!」と感心した本をご紹介したいんです。その名も『メディア廃棄宣言』という本。反ジャーナリストという凄い肩書の高橋清隆さんの著書です。
ざっくりお伝えすると、メディアから流される情報はごくごく少数の支配者がその他の人類をコントロールするために流されているのであって、そのすべてが彼ら支配者が我々に見せたいもの聞かせたいもの感じさせたいものなんだと。
ジャーナリズムというのも、その支配者の手先として働いて報酬を得ているのであって、ニュースだけでなく様々なエンタメも含めて、彼ら支配者が我々に抱かせたい世界のイメージの構成要素となるように、編集選別されているんだと。
もちろん、個々の記者や作者自身にその手先になっている自覚はないんでしょうけれど、支配者の有利になるような情報が選ばれ、それを供給したものが売れるんですね。
具体例として、少年犯罪は統計的には減っているにも関わらず、少年犯罪の厳罰化に向けた法改正の前に、マスコミで少年犯罪が取り上げられ、世論を法改正支持に導くとか。
また75歳以上の高齢者の運転による死亡事故は減っていっているのにも関わらず、高齢者の事故をことさらに報道して、高齢者の運転免許更新をしづらくする法改正へと世論を盛り上げるとか。
子どもの虐待による死亡件数は減ってきているが、ニュースであたかも虐待がどんどん増えているかのように煽って、児童福祉法改正、怪しかったらとにかく通報ということで児童相談所への相談件数を増やしているとか。
まだまだたくさんあると思いますが、法改正の前にその法改正を支持するような内容の事件事故が報道されるというのは「たしかに!」と思いました。
昨今の熊さんに関する報道も、たしかに熊の市街地への出没件数は増えているようですが、何か裏があるような気がしてきます。自衛隊による発砲に市民を慣れさせる? ってことかなと思ってましたが、著者の高橋さんのYouTubeによれば、熊が出るような田舎に人を住ませないようにするためではないかと。コンパクトシティを加速するための熊報道ではとのご意見で、そういうことかもなぁと…
とにかく、まぁ結局YouTubeもですけどすべてのメディアにスポンサーがあるわけで、そのバイアスがかからないような情報は存在しないんだなぁと…
じゃぁどうしたらいいのかということで、著者はメディアとの接続を切ることだ、だから『メディア廃棄宣言』なんですね。
たしかになぁ…とは思いました。でもなぁ…。鍵野もテレビと新聞から離れて10年目になりますが、たぶん、毎日テレビを見ている人たちよりは支配者ら(誰(笑))に踊らされていないかなぁとは思います(あのワクチンも打たないで済んだし、マスクも付き合い程度で済ませられたし)。でも、ネットも切るっていうのは…ちょっと生きていける自信がまだない(笑)。それこそカウンセリングのお客さんも鍵野をみつけられなくなるだろうし、こうしてブログも書けなくなるし(笑)。
それでも、もし、隣にいても、互いがそれぞれのスマホの画面に注目しながら暮らすのが普通になっている今の日本ではなく、毎日、信頼する家族や友達と一緒に協力して働きながら暮らして、その暮らしが遊びでもあるような社会が実現するのであれば、メディアがなくても互いの生のコミュニケーションだけで生きていけるのではないかなぁと、ちょっと夢想しました。
人は社会に埋め込まれて暮らさざるを得ない生きものなので、どうしてもリーダーは必要になるけれど、それでもその人だってせいぜい友達の友達であるような距離感で暮らせる世界。
直接会ったこともないYouTuberのどうってことはない話の配信をついつい楽しみに待ってしまうという(隣に生身の大事な人がいるかもしれないのに)、なんだか悲しい現実は人類の進歩とは思えないんですよね。
その作業が月に一回の給料につながっていることだけは信じて、その作業にどんな価値や意味があるのか正直よくわからないまま、働いて、それでイオンモールとかのよく知らない人が用意して売ってくれる、どこか知らない国の知らない人が作ってくれた食べ物や着る物などを消費する暮らしから、どうやったら本当に人に生まれてよかったと実感できるような、アドラー先生の目指した、人が人を道具にしない世界が実現できるんだろうかと…
やっぱり一人一人が周りのリアルな大事な人と丁寧にコミュニケーションしながら暮らしの実感を取り戻していくしかないのかなと思います。
世直しは慈悲の正反対だと仏教のお師匠様が教えてくださいました。怒りで世の中を自分の思う通りに変えていこうというのが世直しで、そんなことしたら、まず怒りで自分の心が汚れて、確実に今よりひどい世界になるだけですもんね。
で、結局、アドラー心理学を、縁がある人に、その存在と可能性に気づいてくれた人に、細々とでも、焦らず、対面で伝えていくしかないのかなぁと。遅かれ早かれそのうち鍵野も死んでしまうわけで、それまでに、何人の方にお伝えできるかはわかりませんが、でも、やっぱりそれしかないなぁ(笑)。
まぁ誰かとの競争ではないので。自分のできることをできる範囲でやるしかなくて、そうこうしているうちに、今生から退場する日が来て…(修行が完成してなければまた生まれてしまうんだけれども)
でも、まだやれることがあるうちはやるしかないですね。ということで、仕事納めはお客さん次第で、まだまだ年内予約をお受けできますので、本ではなくて生きたアドラー心理学を知りたい、体験したい方はぜひ、ご予約のお電話お待ちしています!
何人か集めてくだされば、九州内であればですが、アドラー心理学の出張講座もやりますので(採算度外視(笑))、遠慮なくどうぞ!
読んでいただきありがとうございます。
みなさまどうぞよい夜をお過ごしください。
生きとし生けるものが幸せでありますように。